大判例

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東京高等裁判所 平成元年(ネ)751号 判決 1989年9月27日

控訴人 真山巌

右訴訟代理人弁護士 真山泰

被控訴人 織田邦男

右訴訟代理人弁護士 森永友健

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対し、原判決添付別紙物件目録記載一の土地の同添付図面上のイロハニホヘトチリヌイの各点を順次直線で結んだ線上にあるブロック塀を撤去せよ。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを十分し、その一を控訴人の、その九を被控訴人の各負担とする。

この判決は、控訴人勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立て

一  控訴人

「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、原判決添付別紙物件目録記載一の土地の同添付図面上のイロハニホヘトチリヌイの各点を順次直線で結んだ線上にあるブロック塀を撤去せよ。被控訴人は、控訴人に対し、金三〇万円を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  被控訴人

「本件控訴を棄却する。控訴費用は、控訴人の負担とする。」との判決を求める。

第二当事者の主張

次のとおり訂正、附加するほか、原判決事実摘示のとおり(原判決末尾添付の物件目録及び図面を含む。)であるから、これをここに引用する。

1  原判決三枚目表五行目の「順次」を「順次直線で」と改める。

2  原判決四枚目裏一行目の次に、行をかえて次のとおり加える。

「(被控訴人への当審での主張)

被控訴人は、北側のブロック塀に対し中野区の出した工事停止命令に従い、この工事を停止し、中野区の求めに従って中野区役所に出頭し、話し合った結果北側ブロック塀の工事を停止したまま南側ブロック塀の工事に着手遂行することにつき黙認を得、かつその南側ブロック塀工事遂行中常時中野区の厳しい監視を受けていたのである。そして中野区は、北側ブロック塀の二メートルのセットバックによる道路拡幅等を含め、「現在最終的処理を検討中」なのである。中野区当局が被控訴人に対してこのような処遇で対応した理由は、諸般の事情考慮の結果であると思うが、更に、被控訴人の敷地につき南側も北側も両方とも二メートルずつセットバックするとすれば、合計四メートルの幅で被控訴人の敷地利用を制限することになるのでそのあたりを同情的に運用したものと思われる。

本件私道の現状は、本判決末尾添付の図面のような状態になっている。これによれば、本件私道の入口から八メートル八〇センチメートルについては幅三メートルがあり、更にその奥は四メートル二〇センチメートルから四メートル八五センチメートルの幅がある。三メートルの幅のところは十分消防車等も入るし、その奥の四ないし五メートルのところは消防車がそこに停止し、控訴人らのために消防員が自由に行動するだけの空間がある。そしてこの四ないし五メートルの幅の道路の奥行は一一メートル七〇センチメートルあるから、控訴人の通行権は全うされている。したがって今、中野区の裁量範囲に踏み入って、あえて司法判断で被控訴人に妨害排除を求める理由はない。」

2  同八行目の次に、行をかえて次のとおり加える。

「(被控訴人の当審での主張に対する答弁)争う。」

第三証拠関係《省略》

理由

一  当裁判所は、控訴人の本訴各請求中控訴人の本件ブロック塀の撤去を求める部分はこれを認容すべきものであり、本件精神的損害の賠償等を求める部分はこれを棄却すべきものと判断する。

二  その理由は次のとおりである。

1  被控訴人が原判決添付別紙物件目録一記載の土地及び同土地上の建物を各所有し、同所に居住していること、同土地と同目録記載二及び三の各土地の境界は、同添付図面A点とB点を直線で結んだものであるが、これを中心線として、その両側に水平距離二メートルの範囲の土地(同図面の斜線部分、以下「本件道路」という。)は、建築基準法四二条二項の規定に基づく道路の指定がなされたものであること、被控訴人は、昭和六二年三月ころ、本件道路上である同添付図面の上のイロハニホヘトチリヌイの各点を順次直線で結んだ土地上にブロック塀(以下「本件ブロック塀」という。)を設置したことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  右各事実に、《証拠省略》を総合すると、次の各事実を認めることができる。

控訴人は、原判決添付別紙物件目録三記載の土地上に建物を所有し、妻・長女・長男の四人家族で同所に居住している。被控訴人は、同目録一記載の土地(以下「被控訴人の土地」という。)及び同土地上の建物を各所有して、同所に居住している。金子及び中澤は、同目録二の土地及び同土地上の建物をそれぞれ各自持分二分の一宛共有し、金子は同所に居住している。右三筆の土地及び各土地上の建物の位置関係及び形状は同添付図面のとおりである。

従前、被控訴人の土地の上には被控訴人所有の建物があった(以下右の建物を「本件旧建物」という。)。そして、本件ブロック塀の位置からブロック二枚分程北側によった位置に塀が設けられていた(以下右の塀を「本件旧塀」という。)。ところが、昭和六一年七月ころ、被控訴人は、本件旧建物を取り壊して建物の新築を行うこととし、建築確認手続を経た上、同六二年二月ころまでに、現在の建物の新築を終えた。その際、被控訴人は、その所有の被控訴人の土地の周囲に設けていた塀も、右の建物新築と併せて全面的に造り替えることとし、同土地の北側、西側及び南側部分にブロック塀を新設する工事に着手したところ、所管行政庁の中野区役所建築課の職員から、被控訴人が右のブロック塀を設置しようとしている位置のうち、同土地の北側及び南側部分は建築基準法四二条二項の指定がなされた道である旨の指摘がなされ、右部分については、同法四四条によって、被控訴人の意図するブロック塀の設置は許されないと通告された。しかるに、被控訴人は、当初予定していた位置にブロック塀を設置する工事を強行しようとしたため、中野区長は、被控訴人の右工事の停止を命じた。被控訴人は、ようやく右工事のうち、同土地の北側部分についてのみ工事の続行を停止したが、南側部分については、右の停止命令に従わず、昭和六二年三月ころ、本件旧塀からブロック二枚分ほど、本件道路上において、その中心線寄りに張り出した位置に本件ブロック塀を設置する工事を強行し、右の塀の設置を完成した。このように、被控訴人は、本件ブロック塀の設置が建築基準法四四条の規定に違反するものであることを十分知りながら、あえてこれを完成するに至ったのであるが、現在本件道路の中心線から南側に約三メートルの幅の通路状の土地部分があるため、控訴人の建物から公道に出ることは可能であるが、右のような、被控訴人の行った違法な本件ブロック塀の設置により、控訴人はもとより、被控訴人の隣接地上の居住者らは、本件道路を建築基準法が道路幅員を定めることによって維持しようと意図した安全で良好な居住環境は実現されず、そのため関係の住民は、その結果として享受できるはずの右の居住環境を享受できないでいる。(建築基準法は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、建康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的としている(同法一条)が、ここに国民といっても、具体的な国民を捨象したものではなく、個々の国民の生命、健康及び財産の保護が当然の前提として意図されているのであり、それゆえ同法は、あえて最低の基準を定めるとし、個々の国民をして、同法の遵守を期待すると同時にこれを遵守しない場合にこれを遵守させるべき種々の手段を用意し(同法九条等)、まず第一次的に、国民個々の生命、健康、財産の保護を図ることを旨としたのである。)しかるに、所管行政庁は、昭和六二年三月には既に本件のブロック塀の築造が、同法に違反しており、停止命令の結果一部是正されはしたものの、なお一部命令に違反していることを知りながら、以来これを放置して特段の措置も講じないまま、漫然今日に至っている。

《証拠判断省略》

3  そこで、右認定の事実関係のもとに、控訴人の本訴請求の当否を検討する。

建築基準法四二条二項の指定がなされている道路は、同法三章の道路として、同法四四条の規定により、同条一項ただし書の場合を除き、建築物または敷地を造成するための擁壁は、道路内にまたは道路に突き出して建築し、または築造してはならないとされているから、控訴人を含め、一般人も、右のような禁止された建築物等のない状況下に道路を自由に通行し、関係者・関係行政庁の右道路を使用してのサービスの提供(例えばゴミの収集、消防活動の提供、郵便物の配達等)を受けることができるが、とりわけ道路の通行等への利用は、前記の指定による反射的な利益である。しかし、控訴人にとって、右の利用は、たとい反射的利益ではあっても、同時に民法上保護に価する自由権(人格権)の重要な内容をなすものであるから、右権利に基づいて、その妨害を排除、予防することができるものというべきである。これを本件についてみるに、前記のとおり、被控訴人が本件道路上に本件ブロック塀を設置して、一般的、恒常的、継続的に控訴人の前記の自由権を侵害しているのに、所管行政庁は、既に今日まで、二年以上もの間にわたり、工事停止命令の一部違反の状態を放置したまま、漫然日時を経過したものとみられるのであるから、その結果控訴人は、被控訴人が建築基準法の定める最低の基準さえ守らず、所管行政庁もこれを守らせることを怠っているため、生命、健康、財産の保護を全うされない状況下に置かれている(具体的には、通行の不自由、消防活動の不円滑の恐れを強いられている等)のであるから、控訴人は、被控訴人に対し、右自由権に基づき本件ブロック塀の撤去を請求できるものといわなければならない。(被控訴人が、所管行政庁が何らの措置にでないことを理由に、自ら右の撤去をする意思がなく、違法状況のままを続けようとしていることは、弁論の全趣旨から明らかである。)

4  被控訴人は、中野区が被控訴人の違法行為を黙認しているかのような主張をしているが、そのように認めるべき証拠はなく、また、同区役所当局が被控訴人主張のような諸般の事情を考慮し、被控訴人に同情的運用をしたとも主張するが、そのように認めるべき証拠もない(《証拠判断省略》)。

更に、控訴人が公道に出ることが可能であるとしても、控訴人の前記自由権の円滑、十全の行使が阻害されていることは、前記のとおりであるから、控訴人の右の請求を妨げるに足りない。次に、被控訴人は、本件道路の状況は、本判決末尾添付の図面のとおりであって、控訴人の通行権は十分に全うされている旨主張するが、違法な本件ブロック塀の存しているため、控訴人の通行権の円満な享受が阻害されていることは、右図面において、右ブロック塀が撤去された場合に控訴人が享受できる通行権の内容、行使の状況を比較すれば、一見して明らかであるから、被控訴人の右主張も失当である。なお、消防車が三メートルのところから十分入ることができるとか、消防員が自由に行動できる等々の被控訴人の主張も、被控訴人が違法に設置した本件ブロック塀による被控訴人の控訴人に対する権利侵害を正当ならしめるものではなく、控訴人の本訴における撤去の請求を妨げるに足りるものではない。(建築基準法の定める基準は最低のものである旨法定されているのであるから、被控訴人の見地からして、通行が自由にできるとか消防活動に妨げはないはず等々ということを考慮する余地は本来ないのである。)

まして、行政庁が裁量を有するからといって、前記の違法状況を二年半以上にもわたり漫然放置してよいわけはなく、同時に控訴人の自由権に対する被控訴人の前記侵害につき、控訴人において裁判所の救済を受け得ないかのような被控訴人の主張は、独自の主張にすぎないものであって採用できない。

5  本件道路についてなされた建築基準法四二条二項の指定が違法、無効であるとすべき事実関係を認めるに足りる証拠はなく、また、本件の右指定を違法、無効とみるべき法律上の根拠もないから、右主張も失当である。

6  次に、控訴人は、その主張のような精神的損害等を被ったと主張して慰藉料等を請求するところ、被控訴人に違法行為のあったことは前述のとおりであるが、前記認定事実によれば、右違法行為による被害に対する救済としては本件ブロック塀の撤去で足り、このほかに慰藉料等として金銭給付を命ずるのは相当でない。

よって、控訴人の右請求は、理由がない。

三  以上によれば、控訴人の本訴請求中、被控訴人に対し、原判決末尾添付の別紙図面の上のイロハニホヘトチリヌイの各点を順次直線で結んだ土地上の本件ブロック塀の撤去を求める部分は理由があるからこれを正当として認容すべく、その余は理由がないからこれを失当として棄却すべきである。

よって、右と趣旨を異にする原判決は不当であるから、これを右判示の趣旨に従って変更し、訴訟費用は主文掲記のとおりの負担とし、仮執行宣言につき民訴法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田尾桃二 裁判官 仙田富士夫 市川頼明)

<以下省略>

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